ハムレットってどんな人?

ハムレットを食らわば毒の塗られた剣まで、というわけで、またまた性懲りもなくハムレットです。
ハムレットの人となりについては専門で研究されている方々が多いことですし、演出家の先生や演じる役者さんによって解釈のしかたも様々なので、それらの方々にまるっとお任せすることにして、ここでは見た目について勝手な考察をしていきたいと思います。
ハムレットについてわかっていることというと、デンマークの王子様であるということ。それはつまり、ハムレットがデンマーク人であるということでだいたい合っていると思います。王族の中にはエジプト人の血をひかないエジプト女王クレオパトラやロシア人の血をひかないロシアの女帝エカテリーナ二世とか、どこの国の人なのかよくわからないハートの女王とかいますが、ここでは勝手にハムレットをデンマーク人と決めつけてしまいます。
デンマークではご存知のように移民を積極的に受け入れすぎた過去があって、まあいろいろあったわけで、ハムレットの時代というのがいつ頃なのかはよくわかりませんが、今よりは祖先のデーン人の血が濃かったのは間違いないと思います。現在でも北欧の金髪碧眼率は非常に高いわけですが(一説によると一位はフィンランド、二位にスウェーデンと続き、デンマークはエストニアに続いて5位らしいです)、当時はさらに金髪率が高かったはず。
デーン人というのはノルマン人のうち、デンマークに居住していた人々のことらしいですが、同じノルマン人の中でコロンブスより492年くらい早くアメリカ大陸を発見したことで有名なレイフさんのパパが赤毛であることは有名です。ということは、ハムレットも赤毛である可能性もなくはないのですが、レイフさんのパパのエーリクさんがわざわざ「赤毛の」と呼ばれているということは、赤毛というのは少数派と考えられるので、強引にハムレットは金髪碧眼だったと決めつけてしまいます。
さらに、デンマーク人の男子の平均身長は2013年の時点で179㎝、2001年には182㎝を超えていたらしいのですが、ここ数年伸び悩んでいるとか。いずれにしても、日本人の平均より高いのは間違いなさそうです。
民族的な見地は以上で、いよいよシェイクスピアの「ハムレット」の中からハムレットの外見についての記述を拾っていきたいと思います。
ここでは当たり障りのない福田恒存さんの訳を主に使わせていただきます。
いきなり、衝撃的なあのセリフから行っちゃいます。

第五幕第二場
あの子は汗かきで、すぐ息切れがするたちだから。

ハムレットの母にして王妃であるガートルードのこの台詞は原文では、He’s fat and scant of breath.逍遥さんの訳では「肥り肉(ふとりじし)ゆゑ息が切れう。」となっています。
そう、「fat」とは、おデブという意味で、あの河合祥一郎氏などは、「ハムレットは太っていた!」というタイトルで本を一冊書き上げてしまいました。
ちなみに、河合氏はシェイクスピアが書いたとされるスター・ウォーズ「まこと新たな希望なり」の翻訳も手がけていらっしゃいます。
本題に戻ります。この、ハムレットがデブかどうなのかという問題は多くの物議をかもしていて、fat=汗かき説がでてきてからは、万事解決とばかりに汗かき説に群がり始めた感があります。わからないでもないです。ハムレットがデブなんて、そんなのいやっ!という人が多かったのでしょう。
だったらどうして「fat」という言葉を使ったんだということになりますよね。
河合氏の肩を持つつもりではありませんが、やはりハムレットはおデブだったのではないかと思います。ハムレットが、というより、シェイクスピアが書いた当時、ハムレットを演じた役者さんが、ということですけれど。
当時、貧しい人は本当に貧しくて、太っていることが富の象徴だったということは考えられます。なので、主役クラスの俳優さんだと、それなりに地位も人気もあって。というわけで、太っていたというのがどの程度をあらわしていたのかはわかりませんが、演者に合わせて台本を書いたとすれば、ハムレットの年齢設定が30歳ということも頷けます。
ポローニアスの台詞にジュリアス・シーザーを演じたとあるように、シェイクスピアが内輪ネタをぶちこんでくるのは座付き作家としては当たり前のこと。
でも、当時としては太っているのがカッコよかったのかもしれませんが、美男美女の解釈は時代や社会情勢によっても変わるもの、今だったら、デブでハゲのハムレットが出てきて苦悩していたらコメディにしかなりません。
第三幕第一場のオフィーリアの台詞にも「王子様にふさわしい秀でた眉、学者もおよばぬ深い御教養、武人も恐れをなす鮮やかな剣さばき。この国の運命をにない、一国の精華とあがめられ、流行の鏡、礼儀の手本、あらゆる人の賛美の的だったハムレット様」とあるので、恋する女性の贔屓目もあるでしょうけれど、その時代に合ったイケメンであるということに無理やり決めつけてしまいましょう。

第一幕第二場
ハムレット、その暗い喪服を脱ぎすてて、デンマーク王に親愛の眼なざしを、なぜさしむけてはくれぬ。

この王妃の台詞からもわかるように、少なくともその場面まではハムレットは暗い喪服に身を包んでいたことになります。

第二幕第一場
帽子もかぶらず、汚れた靴下はだらしなく垂れさがったまま、紙のように青ざめたお顔で、今のいま地獄から抜け出してこられたかのよう(以下略)。

この時のハムレットの様子はオフィーリアの口から語られるだけなので、舞台には登場しませんが、トム・ストッパードの「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」の中には、オフィーリアの台詞の通りのハムレットがオフィーリアの台詞通りに振る舞うのをロズギルの二人が垣間見るシーンがあります。ロズギルが主役だから面白いのですが、ハムレット主役の映画の中でやるのは蛇足に思えます。
「帽子もかぶらず」というからには、普段は帽子をかぶっているのには違いないのですが、舞台でも映画でも、帽子をかぶったハムレットはあまり見かけません。この時点からハムレットは帽子をかぶることをやめてしまったのでしょうか。
城内だから帽子をかぶらないのではないかと思うかもしれませんが、第五幕第二場で登場するオズリックに対しては、「帽子はあるべきところに置いておいたらどうだ。それは頭にのせるものだろう」と言っているので、城内だから帽子をかぶってはいけないということもないようです。

そういうわけで、有無も言わさず決めつける「ハムレットはこんな人」、まとめると、ハムレットはヴァイキングの流れを汲むデンマークの王子様で金髪碧眼、少なくとも一幕二場までは暗い喪服に身を包み、二幕一場あたりで帽子をかぶっていないことを指摘されるので、たぶん普段は帽子をかぶっているらしい。長身で、客観的に見てイケメン。
もちろん、このハムレット像には自分の希望が含まれていることは言うまでもありません。

γモノ

敢えて金髪でも碧眼でもないハムレット。
自分で作っておいてなんですが、どこかで見たような、と思っていたら、小学生の時に読んだ少年少女向けシェイクスピア物語の「ベニスの商人」の中のポーシャ(男装)の挿絵がこんな風でした。
あの本、どこに行ったのでしょうね。

γ1
 
 

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